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JOEY RAMONE FOREVER

私の大好きなジョーイがいなくなった。なんだか心にぽっかり穴があいてしまったような気持ちだ。わたしはいま香港の雑誌の連載コラムを書いたところだ。今回はジョーイのことを書いた。きのうわたしは新宿のクラブWIREへ行きそこで仲間達と悲しみをわかちあった、そのことを書いた。ジョーイが亡くなった、そんなことを実際、書いていくと涙があふれてきそうになってしまう。とても自分勝手な文章になっている。

香港FASHION BEAUTY 連載コラム;
(TOKYOSPEED/YOKO AYUKAWA)

TITLE: FOREVER ROCK'N'ROLL

▼新宿の花園神社の裏にはひっそりと赤いランプがともった地下室へつづく入り口がある。ここはWIREというクラブだ。ここで毎週行われているLondon Niteというイベントは20年来の筋金入りのロックイベントだ。パンクやロックが好きな若者達が集えるクラブといったらここ以外はないだろう。私にとって昔から大好きな場所。きょうはひさしぶりに妹とやって来たのにはわけがある。入り口に立っていたDJに挨拶を交わすと、彼は壁に貼られたフライヤーを私たちに指し示した。そこにはドカンとRAMONESと書いてある。▼きょうのイベントはRamonesのボーカリストJoey Ramoneに捧げられている。先日突然彼が亡くなったニュースが飛び込んできた。Ramonesは70年代に生まれたパンクムーブメントの開拓者でありJoeyは私たちにPunk Kidsとって永遠のヒーローである。私の両親は永年バンド仲間としてそんな彼らと友達であり、おかげで私は憧れのJoeyと何度も会っている。▼赤い扉を押し開くと、薄暗い空間いっぱいに大好きな曲RocknRoll Radio、Ramonesの有名なナンバーが胸を打った。私たちはうなきあって人混みに分け入っていった。ソファーや床に腰掛けた女の子達。革ジャンに身を包んだ男の子達。ダンスフロアではみんなが押し合いへし合いジャンプして踊っている。ばりばりのパンクルックに身をつつんだDJは軽々とブースから降りて私たちのもとにやってきた。▼「来てくれたんだな!オィ」彼は悲しい笑顔を私たちに投げかけて言った。遠くアメリカのNew YorkでJoeyはこの世を去り、私たちはここ日本の小さなクラブに集って彼の死を分かち合っている。ダンスホールに鳴り響く歌声を聞いていると、彼が亡くなったなんて嘘のようだ。私たちは今、自分達のヒーローがこの世を去ってしまったという出来事を共有していると感じていた。がむしゃらな気分、青春時代という言葉になにかを結びつけるなら、それはRamonesなのだ。ため息の後にDJが言った。「よし、回してくるぜ!」Hey Ho Let's Go と曲が流れはじめると、Joeyの力づよい歌声に勇気づけられたような気分になった。やっぱりロックは永遠だよ。わたしもがんばらなくちゃ、と思った。「いこう!」わたしは妹と一緒にダンスホールに飛び込んでいった


紹介した写真: 左から三番目、DJいはらさん yoko DJかたぎりさん 4番目妹のjunkoと。すべてLONDON NITEにて。(4-20-2001)

元気出していこうよ!ジョーイいつまでも大好きだよ!